来歴

大阪・豊中の外れ──
かつて舗装すらされていなかった寒村の、長屋の端で私は育ちました。
習字や剣道に通いながらも、どれも然程身に付くことなく、早々に勉学の道へと逃げ出します。
とはいえ勉学も、独学で何かを極められるほどの才はなく、ただただ漫然と過ごしていたところ、
小生の将来に危機感を抱いた母によって、体罰すら辞さぬ私塾へと放り込まれ、
そこから徐々に勉強の面白さを知るようになります。
なかでも、”歴史ほど面白い学問はない”と思うほどになりました。
私立高校から京都の国立大学へ。
嘗ては「歴史に関わる仕事でもできれば」と夢想しておりましたが、人生は私が思うほど甘くはなく、
いくつかの挫折と転回を経て、最終的には料飲専門学校へ通うこととなりました。

──学びの道が終わると、社会の波に揉まれはじめます。
他者にも、己にも不器用で、主に内資系のホテルと、少しばかりの街場を転々としました。
組織のなかでうまくやるには、あまりにも性分が変質的で、適していなかったのだと思います。
「これなら、ひとりでやったほうが人様にご迷惑をかけずに済む」
そんな結論に至り、消去法で独立を決意。
2020年初夏にはAseeKの竣工を迎えますが、折悪しく世界的な疫病が蔓延し、開業は大きく遅れました。
正式な開業届を提出できたのは年の暮れも迫る頃。
曲がりなりにも営業が始まったのは、ようやく2021年の春のことでした。
執筆現在、2025年の初夏ですから、やっと5年の月日が経ったということになります。

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今は老猫二匹と、自己を見失った父の介護、
また未発達の可能性がある幼子の世話に追われる姉を、同居する母が献身的に支える日々。
そんな恩人である我が母も、古希目前。
ほぼゆとりのない我が家庭ですが、持ち前の不理解な性格故、楽しく日々の営みを続けられています。

座学には独自のやり方で向き合ってきたため、お酒に関する資格はいくつも取得しておりますが、(日本バーテンダー協会資格、ソムリエ相当、利酒師など)机上の知識に頼り切ることなく、当然ながらゲスト・ファーストを志しています。
が、店を営むということ自体に、はっきりとした志があったわけではありません。
ただ、私というひとりの人間が、どうにか社会のなかに身を置いていくために、
「こういう形でなら、なんとか生きていけるのではないか」と思った、
その一心だけで今日まで続けてきた、というのが正直なところです。
お客様が静かに佇むひとときを、少しでも心穏やかに過ごしていただければ、
それだけでこの場所は、存在する意味を得られる気がしております。


(試作カクテルをカウンターで飲んでいるときの絵として撮った写真です。
 勿論普段は立って仕事をしていますよ)

末尾に、ここまで読んでいただき、まことにありがとうございます。
弊店舗にてお会いできましたら、これ以上ない誉です。