酒の知識というものは、その意味合いが広すぎて、いざ学ぼうとすると、存外に散らかっている。
浅く汎く酒類の資格を取った私だが、最初の頃は戸惑った。
しかし結局のところ、どこから入ろうとも、酒というものの根はおおむね変わらないのではないか、という結論に至った。

糖がある。
酵母がいる。
発酵が起こる。
必要に応じて蒸留される。
土地の水、穀物、果実、樽、気候、法律、人間の思惑が加わる。
舌と鼻と記憶によって、なにやらそれらしい言葉が与えられる。

この稿では、細部を極めるというより、酒というものを見渡すためのごくかんたんな地図を作ってみたい。
地図というものは現地そのものではなくて、おおまかな地形を掴むためのものであって、そこに住む人々の癖や情緒までは書き込めない。
であるから、これは試験対策なんぞに使える細微ものではなく、普段のちょっとした会話のための整理なのだと――。

「ウーゾって何ですか」
「あー…ギリシャの蒸留酒ですかね。水を入れると白濁する、あれです」

その程度のことがさらりと言えるだけで、酒場での会話はずいぶん柔らかくなることだろう。

_酒とは何か

もっとも味気ないところから始めると、
日本の酒税法上、酒類とは――原則としてアルコール分一度以上の飲料をいう。

ここでいう一度とは、ほぼアルコール分一%のことだと思って差し支えない。
つまり、どれほど美しい香りをしていようと、どれほど複雑な歴史を持っていようと、
現代社会においては酒はまず「アルコールを含む飲料」として出発する。

しかし当然、酒を酒たらしめているものは法律だけではない。

酒の根幹には、アルコール発酵がある。
酵母という微生物が、糖を取り込み、エタノールと二酸化炭素を生む。
この現象を、人間は大昔から、自然と利用してきた。
ぶどうが潰れて勝手に発酵すればワインに近づき、穀物のでんぷんを糖に変えて発酵させればビールや日本酒に近づく。
無論始まりは偶然の産物だったろうが、いつしか人間はその偶然に取り憑かれたかのように、機能を機械化していく。

さて、ここで重要なのは、酵母は糖を食べてくれるが、
でんぷんをそのまま酒にしてくれるわけではない、ということである。

米や麦のような穀物は、まずでんぷんを糖へ変えなければならない。
これを糖化という。

ワインが比較的単純なのは、ぶどうそのものに糖があるからである。
ビールやウイスキーが麦芽を使うのは、発芽によって得られる酵素で、でんぷんを糖化するためである。
日本酒が麹を使うのは――これは少し違うが、麹菌の酵素によって米のでんぷんを糖へ変えるための促進である。

同じ酒でも、糖のありかが違う。
ここを押さえると、世界の酒は急に見通しがよくなる。

_醸造酒、蒸留酒、混成酒

酒は、種別を大きくわけることができる。
醸造酒、蒸留酒、混成酒である。

醸造酒とは、原料を発酵させて得る酒である。
ワイン、ビール、日本酒、ミード、シードル、黄酒などがここに入る。

蒸留酒とは、醸造によって得た発酵液をさらに蒸留し、アルコールを濃縮した酒である。
ウイスキー、ブランデー、ウォッカ、ラム、ジン、テキーラ、メスカル、焼酎、白酒などがここに入る。

混成酒とは、酒に香草、果実、糖分、薬草、スパイスなどを浸漬して、風味を整えた酒である。
リキュール、ベルモット、アマーロ、シャルトリューズ、カンパリ、アブサン、パスティスなどがここに入る。
余談だが、たまにインフューズだなんだといって、漬け込み酒を販売している人がいる。
こう大別すると、違法だということがわかりやすいだろう。彼らがやっているのは、この混成酒作りなのだ。
(酒造免許を持っているなら別だが)

もう少しだけ深堀りしてみると、実際には境界線が曖昧なものもある。
シェリーやポートは、ワインにブランデーなどを加えて造る酒精強化ワインと呼ばれ、醸造酒でありながらも蒸留酒の力を借りている。
ベルモットは原料はワインの縛りがありつつも、香草で整えた混成酒とされ、。
ジンは蒸留酒でありながら、ジュニパーベリーを中心としたボタニカルの香味によってはじめてジンとして成立する。

_世界の酒は、原料で見ると分かりやすい

完全に主観になるが、世界の酒を覚えるとき、いきなり国名から入ると疲れる。
現地の風を浴びてきた人ならいざしらず、ギリシャならウーゾ、フランスならコニャック、メキシコならメスカル、ブラジルならカシャッサ、と覚えていく方法は、ちょっと能率がわるいように思う。
そこで、私はむしろ、最初は原料で見るほうがよいと思っている。

ぶどう、リンゴ、穀物、米、サトウキビ、アガベ。
気候風土によって、原材料がそもそも土地に成るか成らないかが、明白であるからだ。
というわけで、酒を覚えるためには原料を入口にして、土地へ降りていくのがよいと私は考えている。

たとえば、ぶどうの土地にはワインが生まれる。
ワインがあれば、ブランデーを作ることが出来る。
その二種類の酒を国酒としてもつフランスは、多様な気候――ー大西洋からの「海洋性気候(ボルドー)」、内陸の「大陸性気候(ブルゴーニュ)」、
また、太陽に恵まれた「地中海性気候(南仏)」の3つが混在している稀有な土地であり、これこそブドウの多様性を支える柱のようなもので、またその土壌も同均一ではなくて、 石灰、粘土、砂利など、地域ごとにあきらか異なる土壌がブドウに複雑味をもたらしている、まさしくぶどうの宝庫なのである。河川が流れる丘陵地帯などであることもあり、水はけも良く、日照量が確保できる場所に畑が広がっているのも特徴である。
紀元前にローマ人がガリア(現フランス)にブドウ栽培を伝え、各地に畑が築かれてから、彼らはテロワールごとの違いを見出し、品質向上に貢献してきたのだ。
修道院の貢献: 中世にはキリスト教の修道院がテロワールごとの違いを見出し、品質の向上に貢献した。

同じぶどうでも、イタリアへ行けばワインを搾ったあとの果皮や種子を蒸留するグラッパがあり、南米へ行けば、ペルーやチリのピスコがある。
ぶどうの果汁を使うのか、搾りかすを使うのか。樽で寝かせるのか、透明なまま瓶に詰めるのか。
同じぶどうでも、土地と生活の癖が変われば、酒はまったく別の顔をする。

リンゴの土地にはシードルが、そしてシードルからはカルヴァドスが生まれる。
穀物の土地には、ビールやウイスキー、ウォッカが生まれる。
寒冷な土地では、ぶどうよりも穀物が頼りになる。
大麦、小麦、ライ麦、トウモロコシ。
穀物はそのままでは酵母の食べる糖にならないため、麦芽や酵素による糖化を経て、発酵、蒸留へ向かう。

そして米の土地には、日本酒が生まれる。
もちろん日本酒は単に米を発酵させた酒ではないし、あまり書くと副題からずれるのを承知で勢いで書くが、地理的表示としての「日本酒」は、米、米こうじ、水を主原料とし、日本産米と日本国内の水を用い、日本国内で製造された清酒として整理されている。
ここで重要なのは、米だけでなく、麹である。

ぶどうには糖がある。
しかし米は、まずでんぷんを糖に変えなければならない。
その仕事を担うのが麹であり、米、麹、酵母、水が同じ蔵の中で折り合いをつけていく。
東アジアの酒を眺めると、この微生物の扱いがひとつの軸になる。中国には黄酒があり、白酒がある。弊店ではこの白酒の評判は散々だが、それはさておいて、黄酒は穀物を発酵させる醸造酒であり、白酒は高粱などを用いる蒸留酒で、固体発酵が風味形成に深く関わる。白酒研究でも、固体発酵中のソルガム澱粉の変化が酒質や収量に影響することが扱われている。韓国のソジュも、伝統的な蒸留式と、現代に広く流通する希釈式では、かなり性格が違う。
つまり、東アジアの酒を「米酒」とだけ括ることは、出来ないといえる。
ブランデーとグラッパ、ピスコが違うように、である。

そんな敢えて全てを語る必要はないにせよ、温暖なサトウキビの土地には、ラムやカシャッサが生まれる。
一方、ブラジルのカシャッサは、サトウキビ搾汁を発酵・蒸留するブラジル固有の酒として語られる。廃糖蜜ではないのでラムに似てはいるものの、ラムそのものではない。「ブラジルのラム」と言えば早いが、それでは土地の名誉を削りすぎだし敬意がないだろう。

アガベの土地には、テキーラやメスカルが生まれる。
メキシコのテキーラは、ブルーアガベ、すなわち Agave tequilana Weber を原料とし、特定地域で生産される酒である。テキーラ規制委員会も、テキーラに使えるアガベはブルーアガベのみであり、気候、土壌、人間の伝統的技術が原産地呼称を支えていると説明している。
メスカルは反して、より広いアガベの世界である。
テキーラが比較的制度化され、産業として整った顔を持つのに対して、メスカルには、村、窯、土、煙、野生種、手仕事の匂いがまだ濃く残る。
もちろん、これも美化しすぎれば嘘になることは必然、メスカルもまた市場に乗り、認証され、輸出され、ブランド化されているのである。
だが、アガベが何年もかけて大地に蓄えたものを、焼き、潰し、発酵し、蒸留する酒であることは変わらない。

ぶどうは年を、ウイスキーは樽の時間を、アガベは植物が大地に立っていた時間を語る。
こうして眺めると、酒とは単なる嗜好品ではなく、農業の影でありながら、気候の産物でありながら、交易の残像でありつつ、税制や地理的表示によって守られる名前でもある。日本の国税庁も、酒類の地理的表示を「産地名」の適切な使用を促進し、一定の品質や地域ブランドを守る制度として説明しているのである。

まとめてざっくばらんにいえば、寒冷地では穀物が酒になり、果樹の土地では、ぶどうやリンゴが酒になり、熱帯や亜熱帯では、サトウキビが酒になる。乾いた大地では、アガベが酒になる。米の土地では、麹が働く。

だから、酒を知ることは、地理を知ることでもある。
もっと言えば、酒を知ることは、その土地で何が育ち、何が余り、何が不足し、何を守り、何を売り、何を誇りにしてきたのかを知ることでもある。

グラスの中には原料、その奥に土地、そのさらに奥には、人間の都合。

酒は、だいたいその三つでできているといっても、過言ではない。

_アニスという原材料の線を伸ばす

そのようにして世界の酒を眺めていると、やけにアニスの香りを持つ酒が多いことに気づくだろう。
ギリシャのウーゾ、トルコのラク、レバノンなどレヴァントのアラック、フランスのパスティス、イタリアのサンブーカ、スペインのアニス酒。

国も違えば、分類も違う。
だが、香味の柱には、アニス、フェンネル、リコリス、スターアニスなどの、甘く薬草的な香りがある。
これを偶然という言葉で片付けるよりは、地中海から中東にかけて広がる、食卓と薬草の文化として捉えるほうがいいだろう、と思う。

アニスやフェンネルは、古くから料理や薬草として用いられてきたようで、それとおなじように強い蒸留酒にそれらの香りを加え、水で割り、食前や食中にゆっくり飲む――。ただ酔うためではなくて、胃を開いて塩気や脂を受け止め、食後の会話を続けるための知恵なのだろう。

レヴァントのアラックは、伝統的に白ぶどうとアニスシードから造られる三回蒸留の酒として説明される。
ウーゾやラクもまた、アニス香を持つ食卓の酒であり、魚介、小皿料理、オリーブ、チーズ、焼いた肉などと並ぶことが多いそうだ。
一方、フランスのパスティスは少し近代的な顔を持っていて、十九世紀末から二十世紀初頭に流行したアブサンがいろいろあって問題視され、フランスでは一九一五年に禁止されてしまった。その後、アニス系食前酒の欲望をより明るく社交的に引き受けたものとして、マルセイユやプロヴァンスのパスティス文化が広がっていくのである。リカールが一九三二年に登場したことも、その流れの中に置けるはずである。

この系統の酒は、水を加えると白く濁ることが多い。
これは、アニス香の主成分であるアネトールなどが、アルコール中では溶けている一方、水でアルコール濃度が下がると溶けにくくなり、微細な油滴となって散るためである。この現象は、ウーゾ効果、あるいはルーシュと呼ばれる。

透明な酒に水を注ぐ。
すると、液体が白くほどける。
香りが開き、酒精の鋭さが少し丸まり、食卓の速度がゆっくりになる。
アニスの酒が地中海から中東にかけて点々と残っているのは、単に同じ香りが好まれたからだけではないだろう。
強い酒を水で和らげ、薬草の香りをまとわせ、食卓の時間に溶かしていく。

そこには、酔うためだけではない酒の古い知恵があるのだと思う。

_ウイスキーとは何か

さて、ここからはウイスキーに入る。

ウイスキーとは、ごく大づかみにいえば、穀物を原料とし、糖化、発酵、蒸留、熟成を経て造られる蒸留酒である。
原料には、大麦、ライ麦、小麦、トウモロコシなどが使われる。
大麦麦芽を中心にすればモルトウイスキー、トウモロコシを主体にすればバーボン的な世界へ近づき、ライ麦が多ければライウイスキーの香味に近づく。

ただし、ウイスキーは国によって法的定義が違う。
スコッチにはスコッチの法があり、バーボンにはバーボンの法があり、ジャパニーズウイスキーにも近年ようやく表示基準が整えられた。
日本洋酒酒造組合の自主基準では、ジャパニーズウイスキーと表示するには、麦芽を必ず使用し、糖化・発酵・蒸留を日本国内の蒸留所で行い、七百リットル以下の木製樽で国内三年以上貯蔵し、日本国内で瓶詰めし、充填時のアルコール分を四十度以上とする、などの要件が定められている。

ここが面白い。

ウイスキーは一見すると自由な酒に見えるが、実際には法規と表示の酒である。

何を原料にしてよいのか。
どこで蒸留しなければならないのか。
どれくらい熟成させなければならないのか。
何度以上で瓶詰めしなければならないのか。

ウイスキーを知ることは、味を知ることであると同時に、ラベルを読むことでもある。

_ウイスキーの製造工程

一般的なモルトウイスキーの工程は、かなり端正である。

製麦。
糖化。
発酵。
蒸留。
熟成。
ブレンド、またはヴァッティング。
瓶詰め。

大麦を水に浸し、発芽させ、適切なところで乾燥する。
このときピートを焚けば、煙の香りをまとったピーテッドモルトになる。
焚かなければノンピーテッド。

麦芽を粉砕し、温水と合わせると、麦芽中の酵素がでんぷんを糖へ変える。
得られた麦汁に酵母を加えると、発酵が始まり、アルコールと二酸化炭素が生まれる。

発酵液を蒸留器にかける。
スコッチのモルトウイスキーでは、多くの場合ポットスチルによる二回蒸留が行われる。
蒸留直後の液体は、ニューメイク、ニューポットなどと呼ばれ、まだ無色透明で荒々しい。
その状態のものが売られてることもままあるが、お金を出して飲むものではないよな~、と味わっているときは常々思う。
応援のつもりで買ってあげるとよいだろう。樽へ詰める前の液体である。そもそも、まだウイスキーではない。

ここからが、ウイスキーの妙なところなのだ。
蒸留酒として生まれた直後より、木に預けられたあとにこそ、ウイスキーらしさを備えるのだから。
樽材、何を入れていた樽か、容量、倉庫の温度湿度、置かれる位置、熟成期間。
それらがゆっくりと酒の角を削り、色を与え、香りを複雑にする。

樽は、単なる容器ではない。
半分は当然道具なのだが、もう半分は原料であるのだ。

_シングル、モルト、ブレンデッド

スコッチの規定では、Single Malt Scotch Whisky は、単一の蒸留所で、水と大麦麦芽のみを用い、ポットスチルでバッチ蒸留されたものを指す。

一方、Single Grain Scotch Whisky は、単一の蒸留所で造られるが、大麦麦芽以外の穀物を用いることができる。
Blended Malt Scotch Whisky は、複数蒸留所のシングルモルト同士を混ぜたもの。
Blended Grain Scotch Whisky は、複数蒸留所のシングルグレーン同士を混ぜたもの。
Blended Scotch Whisky は、シングルモルトとシングルグレーンを組み合わせたものとして整理される。

個人的には、Blendとついているウイスキーはもう全部モルトグレーンごった煮なんだ、という印象が先行しているなァ、と思う。
Blendとついていると、途端に興醒める人が多い、気がする。どうでもいいことだが。

また、カスクストレングスは樽出しに近い度数で、基本的に加水を抑えて瓶詰めしたものをいう。
必ずしもノーウォーターというわけではないらしい。(知らなかった。本当か?)
シングルカスクは、ひとつの樽から瓶詰めしたものをいう。

熟成年数表記も重要である。
少なくともスコッチにおいて、年数表記は原則として、その製品に含まれる最も若い原酒の年数を示す。
SWAのガイダンスでも、八年、十二年、十五年の原酒を含む場合、表示できる年数は最も若い八年であると説明されている。

つまり、ラベルは宣伝であると同時に、法規の文章でもある。

_スコッチの地域をどう見るか

スコッチウイスキーの地域区分は、便利だが、信じすぎてはいけない。

SWAは、スコッチの地域をキャンベルタウン、ハイランド、アイラ、ローランド、スペイサイドの五つとして整理している。
よく耳にする「アイランズ」は、酒場や書籍では便利な分類であるが、公式の五地域とは別に扱ったほうがよいのだ。

スペイサイドは、果実、蜂蜜、バニラ、スパイス、シェリー樽由来の豊かさを語られやすい。
SWAも、スペイサイドを果実味に富み、ピートの使用が控えめな地域として紹介している。

ローランドは、軽やかで穏やかな印象を持たれることが多い。
ハイランドは広大で、軽快なものから海沿いの塩気を帯びるものまで、幅が大きい。
キャンベルタウンは小さな地域ながら、塩、煙、果実、トフィーなどが重なる、力強い個性で語られる。
アイラは、強いピート香、ヨード、煙の印象で知られる。

ただし、これは約束ではないし、地域は味を保証しない。
会話のための索引みたいな位置づけと思って差し支えないだろう。

アイラにも穏やかなものはあるし、スペイサイドにもピートを用いるものはある。
それを作ってはいけない、というわけではない。

したがって、「アイラだからこう」「スペイサイドだからこう」と断じるより前に、
「その地域ではそう語られがちだが、蒸留所ごとの差のほうが大きい」と言えるほうが、いささか品がよい。

すべてにおいて、国や地域というものは、ただの傾向に過ぎないのだから。

_高峰譲吉と麹ウイスキーの小径

最後に、高峰譲吉という人物がいる。

アドレナリンの結晶化で知られる日本の化学者であり、同時に、麹による糖化をウイスキー造りへ応用しようとした人物でもある。
高峰は竹鶴政孝がスコットランドへ渡るより前に、麹を用いたウイスキー製造の可能性を探っていた。

近年紹介される「Takamine Process」では、麹と酵母を併用し、麹による糖化と酵母による発酵を並行させる発想が語られている。
これは、とても面白いものなのだ。
なぜなら、ウイスキーの文脈では、麦芽による糖化が標準的である一方、日本酒では麹による並行複発酵が大きな特徴であるからである。

麦芽の酒と麹の酒。
スコットランド的なるものと日本的なるもの。
穀物を酒へ変えるための、二つの異なる知恵。

「麹ウイスキーが世界を変えるはずだったが、既得権益に潰された」という話も、この話にでてこないことは、ない。
言い切ると、物語としては甘美だが、あくが強すぎることを度外視すれば。
酒の歴史において、技術的に可能であることと、市場や法律のなかで定着することは、同じではない。

_結び

酒を学ぶなら、私は次の順序がよいと思っている。

まず、原料を見る。
次に、発酵を見る。
それから、蒸留を見る。
最後に、土地と法律と香味を見る。

国名や銘柄名などは、そのあとでよいと思っている。

もちろん、好きな銘柄から入るのがいちばん楽しい。
しかし、知識として整理するなら、酒をただの名前で覚えないほうがよい。
すべてにいえることかもしれないけれど、人というものは知らなければ断じてしまうし、少し知れば分類したくなるし、
もう少し判れば例外が見えてきて、さらに深みをみえば黙るべきところが分かってくる。

酒とは、糖と酵母から始まる。
けれど、それだけでは終わらない。

酒場で一杯のグラスを差し出すとき、そこに宿る物語は、ほぼ無限だ。


参考資料
国税庁「酒類の定義」
The Scotch Whisky Association, “Scotch Whisky Regions”
The Scotch Whisky Association, “Guidance for Producers and Bottlers: The Scotch Whisky Regulations 2009”
日本洋酒酒造組合「ウイスキーにおけるジャパニーズウイスキーの表示に関する基準」
Winebow, “The Takamine Whiskey Story”