来歴

大阪・豊中の外れ──かつて道路が舗装されず、土が剥き出しでぬかるみに足が取られないようにと、
毛布などがひかれている長屋・連棟住宅の端で育ちました。
習字や剣道に通いながらもどれも然程身に付くことなく、挫折を味わえばていのよい言い訳を考えついては放り投げ、
そんななかでもなぜか算盤だけはそこそこに出来たので、消去法として早々に勉学の道へと逃げ出しました。
とはいえ勉学も独学で何かを極められるほどの才はなくて、席次はいつも標準以下という精神的適温で過ごしていたところ、
当時の小学校教諭から「貴方の世帯は低所得層だし、息子さんも放埒だから進学は然程真剣に考えないでよい」と
今となってはまず見ないであろう異常な熱と身の入ったご指導を三者面談のときにいただき、
それでか私の将来に危機感を抱いた母によって、体罰を一切辞さぬ私塾へと投げ込まれました。
中学校に入学して、早々のことでした。

話は少し戻って、これは長じてから聞いた話ですが、私は入園してまもなく、
母の日のプレゼントで似顔絵を母へ贈ったそうです。
もちろん、幼稚園児ごときにそのような自発的奉仕が芽生えるはずもなく、園内でのはからいの一環だとは思いますが、
どんな絵をおくったのかというと、水色のクレヨンで、線を縦に三つ書いただけ、だったそうです。
母はその日、号泣したそうです。
今の私であれば、かおをかわと聞き間違えたとか、川は大地の源であり母であるとか、
謝ったほうが早いであろう言い訳を思いつきますが、自分がやったことながら、当時の私を叱りつけたい気持ちです。

そこから徐々に勉強の面白さを知るようになりました。
なかでも、”歴史ほど面白い学問はない”と思うほどになりました。
話が少しそれるようですが、当時の私の趣味は、漫画と人形遊びでした。
どうやら、当時から群像劇が好きだったようです。
ただし付け加えるなら、私は脚本にも、その物語の批評にも興味がなくて、
本当にただのいち消費者でしかなく、出来ればその登場人物たちが自ずと動いてくれて、
叶うならば幸福を全うすることを願う、独りの善良な傍観者でしかありませんでした。
長ずるにつれて行蔵の美学や倫理規範が学術的に脳へインプットされていくので、物語や人物に対しても好き嫌いがでてきますが
当時の愛読書は星のカービィであったり、サイボーグクロちゃんであったりと、本当に様々でして、
漫画という形であれば火の鳥だろうが三国志であろうが、何でも楽しく読んでいたようなので、
母の水の向け方がよかったのだと思うしかありません。母には、いまでも感謝しております。

中高は、本当に勉強の記憶しかありません。
中学校にいたっては卒業式にも出ず、高校では修学旅行にも行きませんでした。
勉強——特に理数科が思うように捗らず、両眉半分の毛根が精神的負荷によりなくなるといったこともありました。
それでも当時の高校教師には「教室の窓から見える、外で作業服を着た大人のようにはなるな」と叱咤激励され、
先生がまだご存命かはわかりませんが、今の世の中の逆転現象を見ればそれこそ眉を失う気持ちになられることでしょう。
私立高校から京都の国立大学にすすみ、嘗ては「歴史に関わる仕事でもできれば」と夢想しましたが、
人生は私が思うほど甘くはなく、末っ子長男という席次であること、私の学費が入った口座に穴があいていたことなどをあわせ、
最終的には料飲専門学校へ通うこととなりました。
学びの道が終わると、当然例に漏れず、社会の波に揉まれはじめます。
他者にも己にも不器用で、主に内資系のホテルと、少しばかりの街場を転々としました。
組織のなかでうまくやるには、あまりにも性分が変質的で、適していなかったのだと思います。
「これなら、ひとりでやったほうが人様にご迷惑をかけずに済む」
そんな結論に至り、消去法で独立を決意しました。

2020年初夏には開店できる運びとなっていましたが、折悪しく世界的な疫病が蔓延し、開業は大きく遅れました。
正式な開業届を提出できたのは年の暮れも迫る頃で、曲がりなりにも営業が始まったのは、
ようやく2021年の春のことでした。
執筆現在、2026年の梅雨はじめ。

やっと、6年の月日が経過ちました。

——

高校生の頃から長く連れ添った飼い猫を一匹、2023年の10月に喪いました。
また、今年の1月のこと、転居を前に、私の背を押すように、もう一匹亡くなりました。
今は新しく迎えた推定7歳の野良猫と、15~6歳ぐらいの老猫一匹、
認知症で自己を見失った父、未発達の可能性がある幼子の世話に追われる姉を献身的にフォローをする御年古希の母、
そんなほぼゆとりのない家庭をなんとか支えられているのは、
ひとえに、いつも弊店をご利用してくださっている皆様のおかげに他なりません。

末尾に、ここまで読んでいただき、まことにありがとうございます。
弊店舗にてお会いできましたら、これ以上ない誉です。

2026/05/23 AseeK 著

<懇意にさせていただいている、筆者おすすめのお店>
北新地——Bar Vert
老舗・Saloon Bar Meursaultの本店を引き継いで独立されました、
弊方の先輩です。北新地でご社交の方、是非お立ち寄り下さい。

北浜——Café de corse / L’esprit de COEUR DE FRANCE
言わずとしれた非日常を醸す洗練された北浜のグランメゾンです。
上質なサービスとお食事をお求めの方、こちらで間違いなしです。

北浜——鮨やまの / 鮨はまだ
弊店真向かいです。期せずして同時期に北浜に居を構えた同期です。
選びぬかれた食材を使い、独特の演出でご提供されています。

北浜——BAR PORCO ROSSO
以前ランチを提供するにあたり、多大なるご指導をいただきました。
その節はたいへんお世話になりました。

十三——Bar Alambic
実家から通っている時分、とてもお世話になりました。
また通えたらかならず伺いたいお店です。

主な取引先様
大阪商工会議所
関西みらい銀行
日本政策金融公庫
tyto Space Design
株式会社MHC
株式会社ナック
武川蒸留酒販売
業務用仕入れ BAR PRO リカーマウンテン
BEER SHOP 小西酒造
自家焙煎 カルマ珈琲
龍神自然食品センター