十月の新入荷は、ケベックから届いた楓の蒸留酒、サンローランのアセラム。今月のカクテルは、樋口一葉の『十三夜』にちなんだ一杯。新しい酒の名前を育てた人々と、少し欠けた秋の月の話を。
新入荷|サンローラン アセラム スリーイヤーズ
1,800円

このサンローラン、単なる「珍しいメープルの蒸留酒」ではない。カナダ・ケベック州の人々が、自分たちの土地にコニャックやスコッチに相当する酒を持ちたいと矜持を抱いた、その原典側の一本である。
二〇一八年ごろ、有志と「メープルスピリッツ蒸留業者組合」を立ち上げ、製法規格とAcerum(アセラム)の名称を守る運動に参加。アセラムはラテン語で楓を意味するAcerと、酒のRumを合わせた造語で、活動は二〇二五年、「Acerum du Québec」のIGP認定へと結実した。
製法もなかなか贅沢で、ケベック産メープルシロップ、水、酵母を発酵させ、銅製ポットスチルで二回蒸留する。甘味料やメープル香料は加えず、一本に必要な樹液は原料換算で二五リットル以上。高価なメープルの糖にこだわりながら、その甘さは酵母に食べさせてしまう。メープルの甘いリキュールを想像して口にすると、少し意表を突かれるかもしれない。
ボトルの意匠の面白さも負けておらず、「LÉGAL DEPUIS 2015――二〇一五年より合法」、さらに「FIER. OBSTINÉ. INDÉPENDANT.――誇り高く、頑固に、独立して」と仏語で刻む。地下室で試作を始め、まだ名前すらなかったカテゴリーを形にした彼らに、相応しい呼号といえそうか。
今月のカクテル|十三夜 ― 樋口一葉
1,500円

樋口一葉と『十三夜』
樋口一葉という人、五千円札の肖像でも知られているけれども、作家として活動した時間は驚くほど短い。本名は奈津。十七歳で父を亡くすと、母と妹を抱えて一家の暮らしを支える立場になり、小説を書き始めたのも、文学への憧れだけでなく「これで食べていく」という切迫した事情があった。
暮らしは楽ではなく、吉原に近い下谷・龍泉寺町で荒物や駄菓子を売る店まで開いている。そこで見た貧しい人々や、思うように生きられない女性たちの姿は、一葉の小説の肌触りにもつながっているように思う。作家として花開いたのは、その短い生涯のいちばん最後。『大つごもり』『にごりえ』『たけくらべ』、そして『十三夜』と、いまも読まれる作品を短い期間に次々と書いた。

『十三夜』のお関は、夫との生活に耐えきれず離縁を願って実家へ戻るのだが、幼い息子や家族を思い、結局は婚家へ帰る。その帰り道で人力車に乗ると、車夫はかつて想い合った録之助だった。久しぶりに会えた二人は、互いに思い描いた人生とはずいぶん違う場所まで来てしまったことを知り、それでも何かが始まるわけではなく、また別れていく。
十五夜の満月ではなく、少し欠けた十三夜。一葉自身も翌年、わずか二十四歳で亡くなることを思うと、『十三夜』は、秋の月を眺める風雅な話というより、届かなかった人生を静かに照らす月の話に見えてくる。切ない話になってしまった。
栗名月と、栗の長い付き合い
十三夜は、十五夜のひと月ほど後、旧暦九月十三日に眺める月で、「後の月」とも呼ばれる。十五夜が中国から伝わった月見なら、十三夜は日本で育った月見である。起こりは延喜十九年(九一九)、寛平法皇が九月十三夜に月見の宴を催し、「今夜の明月は無双」と賞したことにあるともいう。
わざわざ少し欠けた月を、十五夜に並ぶ名月として愛でてきたわけである。十五夜を「前の月」、十三夜を「後の月」と呼び、片方しか見ない「片見月」は縁起が悪いとする俗信まで生まれた。
もうひとつの呼び名が「栗名月」。旧暦九月が栗や豆の収穫期にあたり、それらを月に供えたことに因む。栗と日本人との付き合いは、月見より古い。三内丸山遺跡では、縄文人がクリ林を維持・管理し、栽培していたと考えられている。数千年にわたり食べ、育て、秋の実りとして月に供え、その名を月にまで残した木の実なのである。
一杯の味わい
アルマニャックの熟した果実香と樽香に、オロロソ・シェリーの胡桃やドライフルーツを思わせる香ばしさ、D.O.M.ベネディクティンの蜂蜜と薬草の甘香を重ねた。ビターズが全体の輪郭を引き締め、甘さを前に出さず、熟成香とほろ苦い余韻をゆっくり楽しむ、秋の夜のショートカクテル。
度数:26〜30%前後
量感:70ml〜
一葉紹介の参考:『日本文学アルバム 第3』亀井勝一郎・野田宇太郎・臼井吉見 編、筑摩書房、一九五四年。
